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カテゴリ:イベント
もうすでに1カ月以上前のことになるが、7月に京都精華大学の絵画専攻の学生たちを相手にしたトークイベントでアートの仕事について話をした。
![]() 「作品・仕事紹介と座談会:The Road Not Taken - 遊牧・遊撃・遊覧が開いた世界」と題されたこの特別講義は、精華大学で非常勤講師を務める作家・安喜万佐子の受け持つ洋画専攻の学生たちが対象で、トークと座談会の前にはアトリエで学生たちの作品を見せてもらう時間もあり、即席の講評会も行われた。 スピーカーは3人。アーティストの井上信太、林ケイタの両氏と僕。お二人はアーティストなので、これまでの作品や活動について、映像やスライドショーを交えて話をされていた。僕は唯一ものづくりをしない立場の人間だったので、これまでの仕事上の体験談、特に海外のアートの現場を写真中心に紹介した。 井上さんの「羊の放牧プロジェクト」の記録ビデオもとても面白かったし、林さんの学生時代からの作品の展開をまとめた映像もとても魅力的だった。そしてお二人とも話がとても上手い。いろいろと勉強させていただいた。 これから進路を定めていく学生たちにとっても、実際にアーティストとして継続的に活動している実例を目の前にし、その実体験に触れる機会というのはとても貴重なものになったことと思う。 特に最近の美術学生は「売れなければ意味がない」という歪んだプレッシャーにさらされていて、どうやったらアーティストとして成功できるか、どんな作品をつくれば売れるか、どこにどう売り込んだらいいか、ということにばかり気を取られている人が多いと聞く。精華大学も例外ではないらしく、トーク後の打上げでは「○○ギャラリーから展覧会しませんかと誘われているのだがどう思うか?」とか「△△の公募展に出品しようと思うが、いいと思うか?」などの質問を受けた。自分で足を運んで自分の目で見て自分の頭で考えることでしか、そんな問いへの答えは出てくるはずもない。それより何より、自分の求める表現が形としてできているか、人に見せるレベルに達しているかどうかといった、表現者として当たり前の問いが先に出てこなければならない。細かい技術レベルの話はそのあとでも十分間に合うし、ちょっと間違えてもすぐに修正できる。 僕自身、試行錯誤をしながら仕事を進めている身で、偉そうなことを言える立場では全くない。ただ、同じアートというフィールドに身を置く同業者(広い意味での)として、一緒に仕事がしたいと思える人が一人でも多く出てきてほしいとは思う。そして、「アート」と「仕事」との狭間で高等教育機関が果たすべき役割についても、いろいろと考えさせられる一日だった。 刺激的で愉快な機会を与えてくださった安喜さんに感謝したい。 ![]() 井上信太氏。時間が短く、ワークショップなど様々なプロジェクトのごく一部しか聞けなかったのがもったいなかった。 ![]() 林ケイタ氏。映像作品をまとめた動画を流しながらのトーク。VJのようなノリでテンポのよい話術。 ![]() 3人揃っての座談会、質疑応答。 京都芸術センターにて「POINT - 日韓若手アーティスト・批評家交流展覧会」のオープニング。アーティストとキュレーターによるトークイベントに参加してきた。
この展覧会は韓国ソウルのオルタナティブスペースLOOPと、韓国国立現代美術館運営のアーティストインレジデンス施設チャンドン(倉洞)スタジオによる共同企画で、2008年にLOOPで開催された展示の京都巡回バージョン的な性格を持っている。日韓3人ずつ計6名の参加アーティストの顔ぶれは2008年のソウル展と変わらず、LOOPがビデオやメディア系の展示を得意としているために1名のペインターを除いてはすべて映像/インスタレーションの作家だった。 少し時間に遅れてしまったのでトークイベントの最初のところは聞き逃してしまったが、個々の作品についての言及よりも展覧会の枠組み(この展覧会には統一的なコンセプトやテーマ性が欠如していることの問題など)や、クロスクリティック(日本の作家の作品を韓国の批評家が論じ、韓国のアーティストについて日本の批評家が評論し、図録に記録を残す)についての話が多かった。それらの論点は示唆的で、いろいろ考えながら聞いていた。 ひとつは例えば、「アート」における「グローバル」の意味は何なのか、ということ。 LOOPのディレクター、ソ・ジンソク氏の話す「POINT」プロジェクトの狙いのひとつは、クロスクリティックを通じて、自国の文化や歴史の中だけでしか通用しないディスコースを越えて、別の国や文化のディスコースを意識することで若手アーティストをグローバルな地点に立たせる、ということであった。 その際に語られる「グローバル」とは一体何か? 国際性ということであれば日韓の交流はそのための出発点は提供するだろうが、それが「全地球的」な広がりを担保はしない。そもそも「グローバル」という概念自体が幻想に過ぎないことは経済や政治の領域ではさんざん指摘されていることだ(グローバル・スタンダードは実はアメリカン・スタンダードである、云々)。 真の普遍性とは多様性の集積であると個人的には思うし、そこには「ローカル」と「パーソナル」に向けた視点が決して欠かせないのではないかと考えている。ロンドンとニューヨークのアートスクールで学んだ日本人アーティストがグローバルな視点を備えている、というのは全くのミスリードであって、彼/彼女はロンドンとニューヨークでアートを学んだ日本人としてのパーソナルな立ち位置を持つ、ということしか意味しないはずなのだ。それ以外にも彼/彼女が持つ様々な個人的な属性が複雑に絡み合ってその作品世界を成立させているはずであって、そこに「グローバル」という形容を与えることにはある種の欺瞞、あるいは怠惰を感じる。 展覧会というフォーマットが必然的に要請する諸々の物理的な制約(作品の運送、移動コストなどなど)によって、「疑似(ミニ)グローバル環境」を生み出すことが困難になるのだとしたら(例えば日本・アルゼンチンの交流展は日韓交流展に比べてはるかに困難の度合いが高いだろう)、展覧会以外の手段、例えば出版やシンポジウムなどによってその目的はより効率的に果たされるのではないか、という論点も提出されていた。インターネットもその有効なプラットフォームになりうるだろう。 その一方で、展覧会において作品そのものと向き合うというフィジカルな「体験」の意味についても、常に問い直していく必要があるだろう。 今回、韓国からやってきたアーティストとキュレーターたちは、作品の設営と準備、オープニングだけでほぼすべての日程が埋まってしまい、京都の街を見てその文化に触れる時間的余裕はほとんどなかったらしい。それでも自国以外の場所で展示を行うことの価値が削がれるわけではないが、しかしそれにしても非常にもったいないことではある。 ![]() *** 「POINT」展は1月24日まで開催。 「POINT」展ウェブサイト http://point2009.blogspot.com/ 荻野夕奈の個展を開催した熊本・河原町で11月8日に行われたアートコンペ「河原町アワード」で審査員を務める機会があった。
毎月1回行っている「河原町アートの日」の拡大版で、年に1回、参加者が作品を展示し、その中から賞を決めるというものだ。アートフェアやフリーマーケットのように、河原町の旧商店街に参加者53組の展示ブース(といっても閉じた店舗のシャッターに直接作品を飾るという形式の参加者も多かった)が並んで、すべてを見て回るのにはなかなか時間がかかった。賞は地元熊本の企業や店舗が選ぶスポンサー賞と、それとは別に審査員がそれぞれ選ぶ特別賞とがあって、僕が審査を担当したのは後者のほう。スポンサー賞だけで10以上あり、特別賞の審査員も7人いたので、午後に行われた授賞式はにぎやかなものだった。 参加者の「作品」の中身は幅広く、写真や絵画、イラストなどの「アート部門」と、クラフトやデザイン、はたまたスイーツなどの食べ物までが含まれる「文化市場部門」に分かれている。僕はシゴトの専門上「アート部門」に絞って作品を見て、賞を決めたけれど、雑多でカラフルな雰囲気の中で次々と「ものづくり」の仕事を見て行くのは楽しい作業だった。 小さな展示スペースの制約もあってか、小さな・かわいらしい・こじんまりとした、といった形容が当てはまるモノが多かったので、もっと大胆で突き抜けた、ある意味でコワれた表現があればこれからもっと面白いイベントになっていくだろう、と思う。 ![]() 路上にも作品展示、ブースが並ぶ。 ![]() 審査の様子。 ![]() 上薗隼の作品。鉄の廃材を車に詰め込んでいる。 *** http://www.kawaramachi.net/ 先週の日曜日、京都でアーティスト中ザワヒデキさんのレクチャーを聞いてきた。京都大学の教授が代表をしている「モノ学・感覚価値研究会」の「アート分科会」の研究会の一環として行われたもので、中ザワさんの講演は「純粋美術総括」と題していた。
数列を視覚化した絵画をつくったり、「芸術特許」を作品として発表したりと、面白い活動を続けている中ザワさん。以前に一緒に仕事をさせていただいたこともあり、今回もご案内をいただいたので、「モノ学・感覚価値研究会」のメンバーではないけれど聴講させていただくことにした。 というわけで、この「モノ学・感覚価値研究会」について僕はほとんど何も知らないのだけれど、その開催主旨はこのようになっている。 「20世紀美術は西欧美術が中心であった。その西欧美術中心主義の呪縛から解き放たれ、地球美術的価値を再発見するためには何を再見・考察しなければならないのか。そのヒントが日本の『モノ』という概念とこれにまつわる感覚価値にあると仮定し、『モノ』を用いて従来の西洋美術の制度と限界を超えてゆく方法を探り、その成果を創作と批評を通して実践してゆく」(今回配布された研究会レジュメから) そして、中ザワさんのレクチャーのほうはこのような内容。 「人生のためでも社会のためでもない『芸術のための芸術』の発生は、民主主義体制の確立から必然的に演繹されたものである。色と形、物質と物体、アナログとデジタルの諸相から純粋美術という「芸術のための芸術」をたった50分で語るため、大風呂敷を広げる。ちなみに私は本アート分科会の主旨文面には強い違和感を覚えます」(同上) 実際、持参した大きな紫色の風呂敷をレクチャールームの前に広げる所から中ザワさんのレクチャーは始まった。といっても風呂敷がそれ以降の話に絡むことは一切なく、広げられたきり触れられずに終わってしまったけれど。 中ザワさんの話はいつもながらとてもわかりやすかった。そして、語る内容が彼がつくる作品と乖離していないところも、とても好感が持てる(アーティストに話をさせると、理屈が作品づくりと全然つながってこない人も多いから)。ただ、50分間という時間の制約もあって、大風呂敷の表面をさっと撫でただけという感じで、聞く側としても少し消化不良ではあった。 この日のアート分科会は中ザワさんのレクチャーから午後のリレートークやパネルディスカッションに続くのだけれど、午後は所用があったので早退させていただいた。パネルディスカッションでどんな話になるのかには興味があったので、ちょっと残念。 中ザワさんの個展、月末から東京のギャラリーセラーにて。 http://aloalo.co.jp/nakazawa/200907/j.html
土砂降りの雨の中、「トランスフォーマー」を見てきた。
といってもアニメでもハリウッド映画でもなく、ファッションブランドのプラダと建築家レム・コールハースのコラボレーションによるイベントのこと。ソウル中心部の慶煕宮(キョンヒグン)という李氏朝鮮の宮殿の敷地内で4月から9月まで行われている。 ![]() 「Transformer」には「ART, ARCHITECTURE, FILM, FASHION」というテーマが設定されていて、4月のスタートはファッションの展覧会、6〜7月は映画、そしてこのあと8月からはアートの展覧会、というように展開していく。それぞれのイベントの会場となるのが、コールハースがデザインした可動式(?)のパビリオン。正四面体を基本としたカタチに、白い布っぽい素材で外装されている。イベントごとにパビリオンがサイコロみたいに回転して、専用の建物として使用される。もちろん普段からトランスフォーマーのロボットみたいにグリグリと変形し続けているわけではないし、変形の様子が見られるわけでもない。変形というか、基本的には回転するだけのようだし、TransformerよりもRotaterのほうが正しいのでは、と思わなくもない。 イベントを鑑賞するためには事前予約が必要だし、2時間も費やす時間的な余裕もなく(今は「シネマ」のイベント期間中なのでパビリオンも映画館として機能していて、映画監督のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥと、もうひとり元NYタイムズ映画批評家が選んだアート系の映画が日替わりで上映されている)、今回は外から眺めるだけで退散した。 正直なところ、パビリオン自体が思ったよりも小さかったし、設置されている場所もあまりスペクタクルではなく(古い宮殿との対比というコンセプトもあまり鮮明には見えず)、ちょっと期待外れだった。テントっぽい布の外装もどこかチープに見えてしまう。やりたいイベントが先にあってそれをやるためにどうするか、というよりも、ハコをつくってからその中で何ができるかを考える、というハード先行、建築家主導の発想をちょっとトランスフォームしただけで、古くささもどうしても拭えない。 8月16日から9月末まではアートの展覧会が開かれるらしいので、期間中にまたソウルに行く機会があれば、今度は中にも入ってみたい(どのような展覧会なのか、ウェブサイトからは情報が見つけられなかったのだけれど)。 ![]() これが慶煕宮の入口の門。Transformerはこの中にある。 ![]() 左奥に見えるのが慶煕宮の建物。 *** Prada Transformerの公式サイト http://prada-transformer.com/ こちらはPrada Transformerをデザイン視点で紹介したページ http://www.designboom.com/weblog/cat/9/view/6012/oma-prada-transfomer.html < 前のページ次のページ >
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