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京都・鞍馬口の現代美術ギャラリーHRD FINE ART(www.hrdfineart.com)のディレクターによるアート関係諸々ブログ。時にはアートと無関係な話題もあります。気が向いたら更新。
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国家戦略としての文化的貿易赤字

「世界の名品を借りやすく 美術品の被害、国が補償へ」という見出しで、朝日新聞の電子版に出ていた記事について。

http://www.asahi.com/culture/update/0816/TKY201008160388.html

「……近年、美術品の評価額が国際的に高騰。ゴッホ展の総評価額が約4千億円にのぼった例もある。またテロや自然災害などで保険料率も上昇し、2001年の「9・11テロ」後は約2倍になったという。国内でも一つの展覧会の保険料負担は、数千万円から数億円にのぼるといわれる。その結果、作品数を大幅に減らしたり、開催を断念したりする事例があるという」(同記事より)

ということで、海外の美術館などから展覧会のために作品を借りる際に、保険の肩代わり的に国が国家予算で損害を補償しますよ、という制度を文化庁が創設することを決めたという内容だ。「作品の保険料の高騰による美術館の負担を軽くし、世界の名品を集めた展覧会を開きやすくする」と記事にはある。

いやいや、ちょっと待ってくれよ、と思わずにはいられない。今の日本で国家政策として「世界の名品を集めた展覧会を開きやすくする」なんてことをする必要が本当にあるのですか、と。

やや意外なことに日本は世界屈指の「美術館大国」であるらしく、1年間に美術館に足を運ぶ人の延べ人数は世界最高なのだと聞いたことがある(正確な数字までは覚えていないが)。あちこちの美術館や博物館、はたまたデパートでも「○○美術館展」だの「□□美術館の至宝展」だのが次から次へとひっきりなしに開催されている。メジャーな美術館からメジャーな作品がやってくる展覧会になると、必ずと言っていいほど入場待ちの行列ができる。人が多すぎて作品を見ようにもじっくり見ることもできない。臨時のミュージアムショップにはおよそ展示作品とは関係のないチーズやワインまでが並び、そしてそれらのグッズの売上は大きな収益を生み出している。

その意味で、「呼び屋」によるこれらの海外コレクション展は確かにニーズがあり、大きな消費活動を惹き起こしていることも間違いない。それをさらに促進しようというこの「借用美術品国家補償制度」は、現状の考え方の延長線としては、出てくるべくして出てきたアイディアなのかもしれない。
しかしながら、日本という国家・国民がこれからの進むべき方向性として、巨額の予算を注ぎ込む大事業として名品・傑作を欧米から借り受けてブロックバスターの大混雑展覧会を開いていくことが、そしてそれを国家戦略として後押ししていくことが、果たして正しいことなのだろうか? そんなことが本当に求められているのだろうか?

海外旅行もそう簡単にはできなかった時代には、こうした借り物展覧会が日本の文化向上のために一定の役割を果たしてきたことを否定はしない。今や、ルーヴルだろうがメトロポリタンだろうがボストンだろうが、行こうと思えば(それなりの時間と金はかかるものの)さほどのハードルなしに行ける時代なのだ。そこに行けば、実際にその美術館、博物館で展示されている理想的な状態で作品を鑑賞することができるという大きなメリットもある。

国家予算を、税金を使うのであればむしろ、日本の文化や美術、芸術を海外に向けて積極的に発信し、日本という国に対する理解度や好感度を世界各国で高めていくことのほうが、今の、そしてこれからの日本の国益にかなうのではないだろうか? 国内のオーディエンスをターゲットにした話であれば、わざわざ海外から借りてこなくたって、日本国内にも見るべきもの、見せるべきものはまだまだたくさんある。

公立の美術館で開催される借り物展覧会の多くは新聞社やテレビ局の文化事業部の企画運営によるもので、美術館側は単なる貸し会場に堕してしまっているというケースも多い。結局この新制度で得をするのは新聞社やテレビ局、ということなのだろう。そうして、文化的貿易赤字は一向に解消されることなく続いていくことになるのだろう。

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写真は国立新美術館の「オルセー美術館展」から。
by hrd-aki | 2010-08-19 23:49 | 雑感
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