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京都・鞍馬口の現代美術ギャラリーHRD FINE ART(www.hrdfineart.com)のディレクターによるアート関係諸々ブログ。時にはアートと無関係な話題もあります。気が向いたら更新。
by hrdfineart
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「意図せぬ因果関係」のこと (3) ポルノとアート

(2)からのつづき

「意図せぬ因果関係」の展示作品で、ルーン文字の形にくり抜かれた厚紙越しに見えるのはポルノ雑誌から切り取られた裸体の男女のイメージだ。ゲリーがインタビューの中で話しているとおり、ネオナチや極右が忌み嫌う同性愛的なシーンや異人種間の性行為のシーンが特に選ばれて使われている。一部には性器が直接的に露出している画像もあるので、18歳未満の未成年は原則観覧禁止とし、写真撮影も同じく原則禁止としている。これまで特に避けてきたというわけでもないのだが、HRDでヌードのイメージを扱った作品を展示するのは多分今回が初めてなのではないかと思う。

ちなみに、これもゲリーのインタビューの中で語られていることだが、使われている写真は概ね1990年代までの古いポルノ雑誌から探し出して切り取られたものなのだという。同性愛的なテーマのポルノ、あるいは肌の色の違うモデルが登場するポルノは、そのあたりまで遡らないとなかなか見つからないので「意図せぬ因果関係」の作品のコンセプトに合致した写真を入手するには古本屋に行かなければならない、というのがゲリーの説明だ。

ここから先は僕の推測にすぎないのだが、そうした古い時代のポルノ写真は、ほんの数十年前の話ではあっても、完全に白人ヘテロ男性中心の視点で撮影・製作されていたものなのだろうと思う。同性愛(特に女性同士)や異人種(特に白人と黒人)のイメージのポルノには、見世物小屋的な、あるいは異常性愛的な、奇異を煽るような視点が存在していたのではないか。そして、時代が進み、LGBTやジェンダー平等、またBLMに代表される人種差別否定の意識の高まりを受けて、そうした一方的な他者性の視点を含む表現は、たとえポルノであっても社会的に許容されなくなってきた。だからそれ以前の古い雑誌を探さなければならないということなのではないか、と。繰り返すがただの推測にすぎないのだが、イメージの歴史や影響力という観点からはこうしたこともとても興味深く見えてくる。

***

日本とヨーロッパでは、ポルノに対する社会規範や法規制は大きく異なるようだ。日本では性器や性行為そのものを見せることは「猥褻物陳列」にあたり、モザイクやぼかしなどで隠すことが必要とされる。欧州ではそういうことは(多分)ないので、市販のポルノ雑誌やポルノ映画などでも性器は隠されることなく堂々と出てくる。その一方で年齢制限やゾーニングなどは欧州のほうが日本よりもはるかに厳しいようで、子供でも誰でも入れるコンビニに煽情的な写真を表紙に使ったポルノ雑誌が堂々と並んでいる情景は欧米人からは異様に映ることもあるようだ。

AVやアニメなどにおける表現の規制がゆるゆるなこともあり、また性行為の場面をストレートに描いた春画なども良く知られている一方、性器の表現だけは厳しく規制されていることは日本国外ではあまり知られていないことから、どうやら欧米の一部では「日本は性的な表現に寛容で自由な国」というイメージが広がってしまっているようなのだ。「hentai」(変態)という日本語が「性的に露骨なマンガやアニメ」を表す英単語としてすでに定着してしまっていることもそのひとつの表れだろう。欧米であれば児童ポルノとしてすぐに摘発されてしまうようなキャラクターが街中のポスターに堂々と描かれていたりするのが今の日本なのだから、これはある意味当然といえば当然なのかもしれない。

今回、ゲリーには事前に「無修正のポルノは日本では猥褻物とみなされて展示が難しくなってしまうので、性器がはっきり見えないように隠したり、少し控えめにしてほしい」ということは伝えていた。しかし、僕の伝え方が十分ではなかったのか、あるいは「日本=性的表現のパラダイス」みたいなステレオタイプのイメージに引っ張られたせいか、展示オープンまで1カ月を切ったタイミングで展示プランとして送られてきた作品画像は女性器や男性器、そしてそれが結合している場面のオンパレードだった。いや、これはマズい。絵画やイラストならある程度逃げようもあるのだが、もともとがポルノ雑誌のポルノ写真なのだから、「猥褻図画」だと指摘されれば否定するのはちょっと難しい(もちろん否定するけどね)。

大慌てでメッセージを送り、日本の社会的規範や法的状況などをちょっと丁寧にレクチャーし、これはOK、これはダメ、と具体的に例を挙げて、急遽すり合わせの作業を行った。自己検閲のようなことはできればやりたくなかったのだけれど、法律があるので仕方がない。なんとかゲリーの理解を得て、再制作・微調整を重ねて、概ね「OK」のラインに押し戻した結果が今ギャラリーに並んでいる作品群なのだ。

とはいえ、ゲリーが日本の状況を完全に理解できているとも思っていない。日本発のポルノビデオやアニメはインターネットではいくらでも「無修正で」見ることができるし、そういうものを見ていれば(そしてメディアを通じてそういうイメージを印象付けられていれば)、日本の映像文化におけるぼかしやモザイク、そして「猥褻物」に対する法規制の論理などおよそ理解不能だろう。

***

今回の展示で慎重になったのには、法的に引っかかるおそれがあるということ以外にも理由がある。それは、2014年に名古屋の愛知県美術館で開催された「これからの写真」というグループ展の鷹野隆大の出品作品をめぐる騒動(というか事件)だ。この件はインターネットでも様々な記事が出ているので詳細は調べていただければと思うのだが、経緯をざっくりと要約すると「男性器が写っている写真作品を見たひとりの来場者が『猥褻物陳列だ』と警察に通報し、警察が検挙をちらつかせて撤去を求め、美術館側は学芸員の逮捕を恐れ、作家が局部を布で隠す妥協策を提案して展示を継続した」といった感じになると思う。

当時も大いに議論になったこの事件だが、日本のアート界に大きな禍根と軛を残した最悪な事件だったと個人的には考えている。公的な権威付けの役割を担う、巨大な組織であるはずの公立美術館(愛知県美術館は愛知県立の美術館だ)が、たった一人の来場者の通報を受けた警察の理不尽な介入に屈し「自主検閲」に堕するという前例をつくってしまったからだ。

警察は「担当学芸員を逮捕する」と脅しをかけたのかもしれない。それが恐怖とパニックを引き起こすというのもわからなくはない。しかしちょっと考えてみてほしい。猥褻図画販売などで店舗や企業が摘発された場合、末端の店員だけでなく店長も経営者も逮捕されるはずだ。美術館なら館長であり学芸課長であり、そしてこの場合は県立の美術館なのだからその最高責任者たる県知事も逮捕されなければおかしい。そして警察がそこまでやることは到底考えられないのだから、抵抗を貫けば貫けたはずなのに(書類送検や裁判などにはなったのかもしれないが)、そして美術館の責任としては貫かなければならなかったはずなのに、それをせず、おろおろと作家に相談し(このへんはあくまで想像ですが)、作家に大きな心理的ストレスをかけ、結果として作品・展示の改変という最悪な結果を招いた。

美術界のヒエラルキーのトップに位置する美術館が、一来場者の恣意的なクレームに、そしてそれを受けた警察の介入にあっさりと負けてしまった。この事実はとてつもなく大きい。警察に通報しさえすれば、政治的・社会的・表現的に気に入らない展示を、たとえ公立美術館であったとしても簡単にシャットダウンすることができる、というスタンダードが成立してしまったからだ。日本全国の美術館やキュレーターが、そして我々のような末端のギャラリーやアーティストが、常に警察の理不尽な介入に怯えながら、表現や発表にブレーキをかけながら過ごさなければならなくなってしまった。それがさらに悪質なかたちに発展したのが2019年のあいちトリエンナーレの「表現の不自由展」をめぐる事件だったと言えるだろう。たまたまどちらも舞台は愛知県美術館だったけれど、愛知に限った話ではなく、日本全体が大きな影響を受け続けているのだ。

下にリンクを貼った館長名義の報告書を読んでも、愛知県美術館が被害者の立場に逃げ、自らの行動が美術表現全体にもたらした因果の重大さをほとんど認識していないようなのが今でも不満でならない。館長が矢面に立つべきだったのだ、逮捕されるべき人がいるとすれば館長だったのだ、と、ある程度本気で思っている。

HRDのような弱小零細のギャラリーが実際に誰かの通報を受けて警察のお世話になるというようなことは、現実には考えにくい。しかし、世の中にはどんな悪意を持った人がいないとも限らない。何かあればあっという間につぶされてしまうだろう。今回の展示はもともと18禁にはせざるを得ないと思っていたけれど、その上やりたくもない自主検閲を行い、写真撮影も禁止としているのは、愛知県美術館の「表現と美術に対する背信行為」があったからなのだ。なんともやりきれない。

とはいえ、こうした愚かな前例に完全に屈したわけでもないということは、実際の展示を見ればおわかりいただけるだろう。

「意図せぬ因果関係」のこと (3) ポルノとアート_a0123573_01232350.jpeg

***

ゲリーがインタビューの中で語っている話が面白い。欧州では、という前提なのだが、「ルーン文字を見た人はまずナチスや極右との関連を想起して強いショックを受ける。しかし、よくよく見ていくとその中にあるのはポルノ写真であることに気付き、ショックがやわらぐ」と。日本では逆に、ルーン文字はちょっとクールな幾何学的記号にしか見えず、その中に見え隠れするかなりストレートなポルノ画像のほうが「ショック」は大きいはずだ。

欧州ではルーン文字がタブーとなっている。日本ではポルノ(性器)がタブーとなっている。異なるタブーがひとつの作品の中で入子構造になり重層的に絡み合っている。期せずして、場所や文化が違えば美術作品の受容も(そして拒絶も)全く異なった様相を見せるという面白い実例になっているのだ。

こうした異文化の衝突や相対性は、ゲリー・デ・スメットがこの作品で「意図した」ものでは必ずしもない。しかし、日本でこの作品群を展示することによって新たな位相が立ち上がり、この作品群の地平がさらに拡張した。そのことだけでも、今回の展示には大きな意義があったのではないかと個人的には考えている。

***

ゲリー・デ・スメット個展「意図せぬ因果関係」の会期は2021年11月27日まで。アポイントも可。ぜひお見逃しなく。


by hrd-aki | 2021-11-17 01:43 | ギャラリー
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