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京都・鞍馬口の現代美術ギャラリーHRD FINE ART(www.hrdfineart.com)のディレクターによるアート関係諸々ブログ。時にはアートと無関係な話題もあります。気が向いたら更新。
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カテゴリ:レポート( 30 )

清州訪問記 (2)

(1)からのつづき

翌日は日曜日。

まずはジュノが経営する多目的スペース「ガラムシンジャク」に立ち寄る。基本的にはカフェバー的な場所だが、展覧会ができる小さなギャラリースペースも併設していて、2階にはレクチャールームやオフィススペースもある。1階のカフェでは音楽のライブを開いたりもするらしい。総合的な文化ハブとして展開していこうとしているようだ。寺島みどりと南條敏之の作品が飾られていた。

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「ガラムシンジャク」の外観

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寺島みどりの作品

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南條敏之の作品


その後、ジュノと一緒に「椒井薬水原湯」(チョジョンヤクスウォンタン)という温泉に立ち寄る。世界的にも珍しい炭酸泉の温泉とのことで、朝からたくさんの地元の人が訪れて賑わっていた。ここでは垢すりを人生初体験した。

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「椒井薬水原湯」の外観


次に訪れたのが「Schema Art Museum(シェマ美術館)」。清州出身の有名画家、キム・ジェグァン氏の個人美術館だ。韓国は、成功した美術作家が自らの美術館を建てるというケースが少なくないように思う。訪れた時はちょうど開館10周年記念展でキム氏の個展が開催されていたが、普段は様々なテーマでのグループ展なども企画開催しているようで、地元に文化的な還元をしようという明確な意図が感じられた。

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Schema Art Museumの外観

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Schema Art Museumの館内展示


昼食後、昨晩会ったジョ氏のスタジオを訪れた。あいにくと本人は不在だったが、このエリアはいわばアートを通じた地域再生プロジェクトの舞台となっているようで、色鮮やかな壁画が楽しい。ジョ氏もこの場所で様々なアートプロジェクトや展示、ワークショップなどを行っている。

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ジョ氏のスタジオの建物。屋根に注目(瓦ではなくコンクリート的なものでできている)

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カラフルな壁画が点在している


そして、ソウルに戻る前に最後に立ち寄ったのが韓国国立現代美術館、通称「MMCA」の清州分館。昨年12月にオープンしたばかりとのことで、建物も新しく、そして敷地内はまだ工事が続いていた。

清州市が招致して実現したこの分館は、基本的には作品収蔵施設としての機能がメインになるようで、1階部分では「OPEN STORAGE」、つまりそのものズバリ「開放収蔵庫」というタイトルのコレクション展が開催されていた。まるで作品収蔵庫のレイアウトをそのまま再現したような展示空間のデザインで、他では見たことのないユニークな見せ方にちょっと度肝を抜かれた。上階では企画展示も開催されていたが、あまり時間がなかったのですべてを見ることはできなかった。

それにしても、ソウルのMMCAもそうだが、ここも建物の規模がかなり大きく、館内空間も悠々とした広さが確保されている。

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国立現代美術館清州分館の外観

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「OPEN STORAGE」の展示


***

日本全国、様々な地方都市を訪れてきた。交通網の発達と画一化した都市開発計画のせいで、特に中心部は一見どこに行ってもほとんど同じように見えるが、少し時間をかけて滞在すると、その土地の風土や歴史、人々の気質など、襞の奥に隠れていた特殊性が垣間見えるようになる。

韓国は文化的にも政治経済的にもソウルの一極集中が言われていて、実際すべてがソウルを起点に動いているという実感がある。文化面でソウルに拮抗することができるのは釜山ぐらいのものだろう。僕もこれまでの滞在はソウル市内およびその近郊がほとんどで、短い旅行以外で地方都市を体感したことはあまりなかった。

しかし今回、ジュノのおかげで清州という街の文化的な側面をじっくりと見る機会を得たことで、地方から生まれる動きが一種のノイズとなり、固定化した画一性を揺るがせ、文化的生態系を豊かにする潜在力を秘めているのではないかと感じることができた。もっと簡単に言うと、「いろいろ違うものがあったほうが面白い」ということだ。

東京でなくても、そしてソウルでなくても、できることはまだまだいっぱいあるようだ。清州も近いうちにまた訪れたい。


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清州の街のマンホールには「直指」の文字

***

(本稿は会話の内容など記憶をもとに記述しているので、事実関係やデータが正確ではない可能性があります。)

by hrd-aki | 2019-08-10 04:17 | レポート

清州訪問記 (1)

7月の韓国出張では、後半の2日間を利用して韓国中央部に位置する清州(チョンジュ)を訪れた。

カタカナで「チョンジュ」と表記される都市としては、ピビンパの発祥の地として知られる「全州」のほうが有名だと思うけれど(ちなみに「全州」と「清州」の発音の区別はとても微妙で、僕のような素人にはかなり難しい)、ソウルからは約130kmの位置にあるこの「清州」も、忠清北道の道庁所在地であり、決して小さな街ではない。国際空港もあり、関西空港への定期便も運航されているようだ。

とはいうものの、さしたる特色があるとは言えない凡庸な一地方都市であることは間違いない。そんな清州が近年力を入れているのが、「直指」と呼ばれる文化遺産を活用した「町おこし」だ。

「直指(ジクジ)」とは、現存する世界最古の金属活字印刷による書籍としてユネスコの世界記憶遺産に登録されている『直指心体要節』のこと。グーテンベルクの聖書よりも78年早い1377年に清州の興徳寺(フンドクサ)でつくられた禅宗仏教の書籍で、この印刷本そのものは現在はフランスの国立図書館に所蔵されている。直指についての情報が見られるリンクをいくつか以下に挙げておく。


これが2001年に世界記憶遺産に登録されて以来、清州は「直指の街」としての文化的PRに力を入れ、「直指コリア」という国際フェスティバルも2年に1回開催している。「直指コリア」についての情報はこちらから。


この「直指コリア」の2018年のアート部門の責任者を務めたのが、HRDファインアートがここ数年コラボレーションしているソウルのギャラリーSpace O’NewWallのディレクター、ソ・ジュノ。これをきっかけにジュノは清州との関係を深め、ソウルと行き来しながら清州でも様々な活動を展開している。そんなこともあって、今回、ジュノと一緒に清州視察に出かけることにしたのだ。

以下、写真と一緒に簡単にレポート。

土曜日の夜、清州に到着してすぐに向かったのが「清州芸術の殿堂」。ここで、ジュノの友人の若い指揮者ユ・ヨンソン氏が率いる韓国古楽器オーケストラによるコンサートが開催されている。到着したときにはすでに開演後だったので途中からしか聴くことはできなかったのだが、これが素晴らしいコンサートだった。カヤグムやコムンゴなど、韓国の古楽器はこれまでにも見たり聴いたりしたことはあったけれど、想像以上にバリエーションが豊富で、音色も様々、奏法も多彩なのに驚かされた。曲目は映画音楽のような、現代クラシック調の作品が多かったが、アンコールなど韓国らしく非常な盛り上がりを見せていたのも楽しかった。

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コンサートのポスター。

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清州芸術の殿堂の外観


その後、ジュノとその知人で清州在住のインディペンデントキュレーター、ジョ・ソンジュ氏と夕食。

自身が画家でもあるジョ氏は、清州で2006年からスタートしたアーティスト・イン・レジデンスのプログラム「ハイブ・キャンプ(HIVE Camp)」(現在は休止)のディレクターを務めていた人物。HIVEというのは初めて聞く名前だったけれど、ジュノによると、ソウルのLOOPなどと並んで2000年代の韓国を代表するオルタナティブスペースのひとつとして大きな影響力を持っていたようだ。ビールとソジュ、そしてとてもおいしい牛肉の焼肉をつまみながらジョ氏に話を聞く。どうやら京都の作家が清州で展覧会をしたり、交流があるとのこと。調べてみると、清州の大学と嵯峨美術大学との間で人的交流があり、交換展などが行われているようだった。

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ジョ氏(左)とソ・ジュノ(右)


食事のあと、先ほどの古楽器オーケストラコンサートの指揮者、ユ氏が自ら経営するカフェで打ち上げをしているとのことで、ジュノ、ジョ氏とともに立ち寄った。まだ30代前半と若いユ氏だが、今日のコンサートは自ら立ち上げたオーケストラの10周年記念コンサートだったようで(ということは20代前半であのオーケストラを立ち上げたということになる!)、特に感慨深げだった。「良いコンサートだった、感動しましたよ」と伝えると、とても喜んでくれた。他にも、これから清州の文化を担っていくであろう若い人たちが集まっていた。

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指揮者のユ氏(左)

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カフェの壁には画家であるユ氏の奥さんの作品が飾られている


宿舎に向かう途中で清州の街を見下ろせる高台に連れていってもらった。静かで、きれいな夜景だった。どこに行っても騒々しいほどの賑やかさのソウルとはだいぶ雰囲気が違う。

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(2)につづく

by hrd-aki | 2019-08-10 03:41 | レポート

「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である」展

(追記あり)

京都国立近代美術館で開催されている「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である - ヤゲオ財団コレクションより」をようやく見に行くことができた。東京国立近代美術館、名古屋市美術館を経て、京都が最後の巡回先となっている。

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東近美での開催に合わせてNHK教育テレビ(今はもうこの呼び名ではないのかな?)の「新日曜美術館」の展覧会紹介コーナー「アートシーン」で取り上げられていたのを見たのはずいぶん前のような気がするのだが、そこで東近美の企画担当学芸員がしゃべっていたのが、ざっくりと「この展覧会は美術作品の価格と美術史上の価値の間には関係がないということを見せるための展覧会です」というようなことだったので、「え?」と思っていたのだけれど(録画もしていないしネット配信もされていないので不確かな記憶に基づいて書いていることを断っておきます、不正確だったら訂正します)、実際に見てみるとやはり「え?」と思うような展覧会であった。いや、「え?」というよりは「あれ?」であった。

ヤゲオ財団とは何かとか、どういうコレクションなのかとかいった背景情報はここでは省かせていただくとして、感想としては、面白くない展覧会ではなかったことは言っておきたい。出品されている作品はほとんどすべてが有名どころで(中国系の作家は知らない名前ももちろん多かったけれど)、しかもコレクションの全作品を展示しているわけではないだろうから、おそらくこのコレクターが亡くなったら(失礼)バイエラーやらリウムやらのように大規模な私設美術館を設立することになるのだろうと思わせるような質と量のコレクションであることが窺えた。いわゆる現代美術にカテゴライズされる作品群をこれだけの密度で見られる機会は日本ではあまりないことは確かだろう。作品の前で良い時間を過ごすことができる。

しかしながら、「名作を鑑賞するだけでなく、作品の『価値』とはなにかを考える場にもなっている」(展覧会のフライヤーより)という、「空前絶後」(同)と企画者が自賛する仕掛けは2つの点で肩すかしに終わっている。

展示作品が「現代美術のハードコア」というよりもむしろ価値(あるいは評価)の定着したエスタブリッシュメントが大半であるということがひとつ。「現代美術」という言葉は広範な定義をはらんでいるけれど、少なくとも例えばマン・レイが今の時代の「現代美術」のコアに位置していると主張するのは無理がある。トゥオンブリーにしてもベーコンにしてもすでにクラシック的な扱いを受けている作家だ。家に飾れるものというコレクションの方針のために映像やインスタレーションは一切ないというのも、「これがハードコア?」と首を傾げたくなる。

(追記2:会場最後の展示作品はリー・ミンウェイによる観客参加型のインスタレーション作品なので、「インスタレーションは一切ない」は「ほとんどない」に訂正します。それと、なぜエスタブリッシュされた作家の作品ばかりだと片手落ちなのかというと、後述のとおりそういった作品がいくらで取引されたとかどこの美術館がいくらで購入したとかいう情報はすでに相当程度オープンになっているから。つまり「空前絶後」と呼ぶにはふさわしくない、ということ。)

もうひとつは、アートマーケットの「コア」にまで踏み込むような内容では到底なかったということ。50億円という巨額の資金を投入して構築されたコレクションであるということを声高に喧伝するのであれば、その作品1点1点について、実際にいくら払って購入したものなのか、誰から買ったものなのか(少なくとも画廊なのかオークションなのか作家本人なのかぐらいの情報は出せるはず)、もし今売却するとすればどのくらいの値段になるものなのか、なぜその値段になるのか、オークションハウスの専門家の値踏みの根拠は、また持ち主のピエール・チェンさんはいくらだったら売ってもいいと考えているか、といったような情報まで見せてくれないと、見る側としては極めて物足りない。「この作家の作品は最近のオークションで〇〇円で落札された」というような一般情報は、「空前絶後」の展覧会で教えられなくても知っている人は知っているのだから。

税金とかマネーロンダリングの問題とかがあって細かい情報は一切出せないというのであれば、それはまた別の意味で「空前絶後」ということになっていたかもしれないし。

(追記1:僕はやらなかったのだけれど、展示会場の最後に「コレクター・チャレンジ」というゲームが用意されていて、それは「そこには、本展から選んだ20点の作品と家の模型が置いてあります。そして作品を複数選んでいただくと(上限5点)、本展が独自に算定した市場評価額の合計金額が出るようになっています」(会場で配られている展示ガイドより)というようなものらしい。これで一応は「今売却するとすればどのくらいの値段になるものなのか」という情報がぼんやりとではあっても提示されているとは言える。しかしコレクションの構築に関して興味があるのは今いくらになっているかよりも当時いくらで買ったか、あるいはその両方だと思うのだが。)

前述のとおりテレビ番組で企画者の口から語られていたこと(そして僕が記憶していること)が企画者の本音なのだとすると、展覧会の枠組自体があまりにも空々しくて苦しい。展示室内に張り出されていたヤゲオ財団からのメッセージには、作品の価格と価値(評価)の関係性については一言も触れられていなかった。それはそうだろう、そんなことを「考える場」としてこの展覧会に作品を提供したわけではないはずだから。

ショップで立ち読みした(ごめんなさい、買う気になれなかったもので、でも買えばよかった)図録では、チェン氏が20歳くらいの頃に初めて台湾のギャラリーで購入したという彫刻作品のことが触れられていた。購入価格には触れられていなかったと思うが(これも片手落ち!)、20歳の若者が買うのだからきっとそこまでの高額な作品ではなかっただろう。そしてこの作品をチェン氏は今でも大切に飾っているのだという。せめてその作品を他の超高額作品と一緒に展示してくれていたら、そしてその値段も提示してくれていたら、アート作品をコレクションするということのパーソナルでロマンチックな側面がくっきりと浮かび上がって、それだけで魅力的な展覧会になっていたはずなのに、と思った。

もうひとつ気になったのは作品の照明のこと。いくつかの作品(大判のキャンバス作品)は明らかに照度が低い上に四隅にまで光が当たっていない。と思っていたら常設展の展示のほうに「全館の照明をLEDに切り換えました」という掲示があって、目の慣れの問題かもしれないけれどLEDは美術館の作品展示には向かないのかな、などと感じたのだった。

会期は明日(5月31日)まで。
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2014/406.html
by hrd-aki | 2015-05-30 17:31 | レポート

「風景の逆照射」展

「風景の逆照射」という、いっぷう変わったタイトルの、いっぷう変わった展覧会が京都精華大学の学内ギャラリー「フロール」で年明けの1月6日から開催される。

この展覧会のカタログのテキスト翻訳をお手伝いしたので、ここに告知を兼ねて紹介させていただこう。

絵画作家の安喜万佐子や、自主ギャラリー兼共同スタジオ「STUDIO90」の森川穣、映像作家の林ケイタなども参加する現代美術の展覧会なのだが、「美術」という領域にとどまらず、建築家ユニット「RAD」や俳人、さらには脳科学者なども参加するという、かなりオルタナティブ感の強い企画である。

取り上げられるテーマは「風景」。ざっくりと言えば、人間と風景との関係性を再考しようという試みだ。日頃、何という疑問もなしに口にし目にしている「風景」という言葉(あるいはそのイメージ)に込められた歴史性や文化性を掘り下げ、そこに新たな「視点」を見いだそうという、かなり野心的かつ哲学的な展覧会と言えるだろう。アートについてまわる「見ること」と「感じること」の深淵に触れるうえでも興味深いテーマだ。

個人的には、俳句の余白と写真との表現上の関連性をテーマにした展覧会を企画したこともあるので、「俳句」と「風景」との関係がこの展覧会ではどのように提示されるのかに興味がある。

展覧会の詳細は以下のウェブサイトにて:
http://www.ipp2011.org

1月6日には評論家・木下長宏氏(今回の展覧会の出品者でもある)の講演も予定されている。

絵画と映像と詩とインスタレーションと建築……ちょうど現在、展示作業のまっただなからしいのだが、どのようなスリリングな展示が見られるのか、楽しみだ。2週間程度と短い会期だが、お時間のある方はぜひ。

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***

「IPP #0 風景の逆照射」
京都精華大学ギャラリーフロール
2012年1月6日(金)〜21日(土)
by hrd-aki | 2011-12-25 01:31 | レポート

チャリティーオークション「SILENT @KCUA」

東日本大震災の復興支援チャリティーを目的としたオークションが京都市立芸大のサテライト・ギャラリー@KCUA(アクア)にて開催されている。「SILENT @KCUA(サイレントアクア)」と銘打たれたこのオークションの展示(オークション用語で言えばプレビュー)の初日の今日、見に行ってきた。どうでもいいことだけど@KCUAを「アクア」と読まされるのにどうしても馴染めないのは僕だけだろうか? アットケークアとか言ってしまう人は他にも結構いるのではないだろうか(ちなみにKCUAは京芸の英語表記Kyoto City University of Artsの頭文字をとった略称だ)。

オークションの出品者は卒業生や教員など、京都市立芸大の関係者。有名作家も出品しているし、学生・院生の作品もある。作品はすべてハガキ大までの小品。展示ギャラリー内には小さな仮設の木棚が端から端まで何段も取り付けられていて、そこに作品がズラリと立てかけられて並んでいる。900に迫ろうという作品数だから、これだけでなかなか壮観だ。大半は絵画やドローイング、版画や写真など平面だが、もちろん立体や半立体の作品も少数ながら出品されている。

展示の会期は6日間。その間、3,000円を最低入札価格として入札を受け付け、最高額のビッダーが落札するという仕組み。落札額の全額が義援金として被災地に寄付されるという(寄付先はまだ未定)。「サイレント」というのは、立ち会いオークション形式で金額を競り上げるのではなく、書面での入札なので(つまり声を出さないので)ビッドの金額が他の人にはわからないという仕組みのことを指すようだ。作品にはキャプションもサインもつけられていないので、基本的には誰の作品なのかはわからない、という意味でもサイレントである。「基本的には」というのは、オークションのウェブサイト上には出品作家のリストは公開されているし、かなり、あるいはある程度作品が世に知られている作家の作品の場合には作品そのものがシグネチャーになっているので誰の作品か一目瞭然、というケースもあるからだ。

チャリティーという本来の目的は横に置いて、この展示システムはそれ自体かなり興味深かった。美術館の展覧会では作品を見るよりもキャプションを読むほうに一生懸命になっている人をよく目にするし、作品タイトルや解説パネルを見れば作品のことがすべてわかったような気にもなったりする。しかし、今回のようにあらゆる情報がブラインドにされていると、作品そのものをじっくりと観察しようとするし、しかも高額の買い物ではないにしても入札=購入を意識すればなおさらその吟味も真剣味を増す。鑑識眼・目利きが問われるということにもなる。

アートを通じて震災復興を支援したい・しようという様々な動きの、このオークションもひとつになるわけだが、慈善という大義名分に寄りかかるだけでなく、サイレント/ブラインドというスパイシーな味付けを加えたことでアートのイベントとして十分に魅力的なものになっていると思う。省エネでもエコでもチャリティーでも、単純に「楽しい・面白い」ということは持続可能性を考えればとても重要なことなのだ。

展示と入札は7月10日まで。ウェブサイト上でも作品の閲覧と入札ができる仕組み。だったのだけれど、初日からアクセス集中で(同時に15人までしかアクセスできないという今時珍しく弱々しいサーバーらしい)システムがダウンしたので、入札は展示会場のみで受け付けることになってしまった、とのメッセージがウェブサイトに掲示されている。ということで、泣きっ面に蜂のつもりもないけれど下記のリンクでは今でもアクセス情報などは見ることが(たぶん)できるので、ぜひご覧いただきたい。気に入った作品があって、どうしても会期中に会場に行くことができないという方はFAXでの入札も可能。ウェブで作品が閲覧できるようになればの話だけれど(今これを書いている時点ではNG)。

僕は4点の作品にビッドを入れてきた。さて、どれだけ落札されてくるだろうか? 

http://www.kcua.ac.jp/silent/

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by hrd-aki | 2011-07-06 00:42 | レポート

ウフィツィ美術館自画像コレクション展

大阪・中之島の国立国際美術館で開催中の「ウフィツィ美術館自画像コレクション」という展覧会を見た。フィレンツェのウフィツィ美術館から、アーティストの自画像ばかりを集めたコレクションの巡回展。東京・新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で開催された後、大阪に巡回してきた。

17世紀にメディチ家出身の枢機卿レオポルド・デ・メディチが画家の自画像を集め始めたのがコレクションの始まりで、1980年代からは美術館創設400年の記念事業として自画像寄贈(を依頼する)プロジェクトも始まり、現在はコレクションの自画像点数は約1,700点にまで拡大している。そのうちの70点あまりが今回の展覧会のために来日した——というのが概要だ。

バロック期から現代アーティストまで、時系列的に並ぶ自画像の数々はアーティストの自意識のありようをそれぞれに窺わせて、なかなかに興味深いものがある。イタリアの美術館だけあって、作家のラインナップもイタリア人の比重が重いように見受けられたが、作品として面白いのは何と言っても現代の作家たちのコーナーだった。ルチオ・フォンタナ(この人もイタリア人だ)など、画面に「Io sono Fontana」(私はフォンタナだ)という文字を書きこんだだけの小さなドローイングを「自画像」として寄贈していて、前衛芸術家の矜持のようなものが感じられる。アントニ・タピエスの自画像も、図像的にはとても自画像とは呼べないような抽象的な画面で、顔や体の暗示さえなく、タピエスの他の作品と並んでいたとしても全く区別がつかない。「自画像」というタイトルだけが、これが自画像であることを担保している。

他に個人的に気に入ったのは、ナビ派のモーリス・ドニの「家族といる画家の自画像」。平和で穏やかで控えめな雰囲気が、「オレ様」的な自我の発散になりがちな自画像としては異質で印象的だった。

自画像という切り口で美術史をいわば輪切りにすることで、美術/絵画が近代以降現代にいたるまでどのような展開・転回を見せてきたのかがわかりやすく示されているとも言える。そんな美術史通史的な視点を一般の鑑賞者がどれだけ咀嚼できるのか、イメージ主体の展示からだけではかえって「現代美術はわけわからないもの」という印象を強めるだけなのかも、と思わなくもないけれど。

この展覧会は東京大学美術史学研究室とウフィツィ美術館の共同研究の成果という位置づけもあり、僕の大学時代のゼミの指導教官だった小佐野重利先生が日本側の監修者を務めている。見に行くまで全く知らなかったのだけれど、なんとなくなつかしくなった展覧会でもあった。

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***

展覧会は2月20日まで。
http://www.asahi.com/event/uffizi/
by hrd-aki | 2011-02-06 19:39 | レポート

田中朝子展「rooms」

白い紙に白いインクの盛り上げ印刷で真っ白な展覧会DMが届いた田中朝子の個展「rooms」(大阪・ギャラリーノマルにて)。

世の中に氾濫するイメージのズレや隙間に「おかしさ」(funnyとstrangeの両方)を見つけて、それを作品化していく作家・田中朝子。もともと版画から出発している作家だが、そこから写真、さらにはオブジェやインスタレーションへと表現を展開してきている。今回の展示は展覧会タイトルの示す通りギャラリー空間そのものをひとつの間取り図に見立て、そこに含まれる様々な要素やそこから連想されるものたちを視覚化して並べていた。

空間インスタレーションと呼んでもいいような三次元的な構成なのに、「平面作品」の展示を見たような印象だったのは、まさに「間取り図」という平面を立体に起こすことがそもそも意図されていたからだろうし、反復とか複写とか転写といった「版」の表現との関連性がほとんどの作品に見られるからだろうとも思う。なんとなく「ドラえもん」のひみつ道具「立体コピー紙」を思い出した。そういえば作品のひとつには「どこでもドア」からの引用で「wherever window」(どこでも窓)というシリーズ名がつけられている。

無印良品のソファを70%に縮小した作品なんかも面白いけれど、個人的には「いちご模様」という作品がとても気になっている。

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彼女にはソウルのHyun Galleryでのグループ展「余韻/響き〜日本の写真作家3人展」(2009年)に参加してもらった。その展示の詳細はこちらから。

***

田中朝子展「rooms」
http://www.nomart.co.jp/index.html
※展示は11月13日まで
by hrd-aki | 2010-11-10 22:51 | レポート

「BOOK ART 2010 Japan-Korea」

大阪のギャラリーヤマグチクンストバウで開催していた「BOOK ART 2010 Japan-Korea」という展示を、最終日のクローズ直前に見に行ってきた。

すぐ近くのサントリー美術館で、「ポーランドの至宝」という、美術館展なのに26日間しか会期がないという展覧会もついでに見ようと思って行ったのだが、サントリー美術館ではいまだかつて見たことのないものすごい数の人が押し寄せて行列をつくっていて、「チケット購入20分待ち」という立て看板を見て展覧会も見る気が失せた、という脱線はこのぐらいにしておいて、昨年ソウルのHyun Galleryで開催した「余韻/響き」というグループ展に出品してもらった田中朝子など、知った作家が何人か参加していたので見に行ったわけだが、こちらはもちろん行列なんかできていなくて静かな展示だった。

今年夏から、ソウル、東京、大阪と3会場を巡回するグループ展で、日韓両国の現代美術作家がブックアート作品を出品している。作品は、かなりストレートに本の形式を意識した作品、本を形態的・物体的側面から捉えた作品から、本とは全く無関係に見える解釈逸脱系の作品まで、幅広い。書き物机に模した展示台に乗る大きさの(つまりは比較的小さなサイズの)作品ばかり、というのが共通項と言えるだろうか。

入口のところで白手袋をはめて作品にじかに手に触れ、(ページのあるものは)ページをめくって鑑賞する、というのが正しい見方だったのだが、そういう仕組みに最初気がつかなかったのと、あとはただ単に面倒くさくて、置いてある作品を眺めたり覗き込んだりしていた。それでも十分に面白さの伝わる作品はあったし、へ理屈のようになってしまうけれど、「本」に手を触れずに「読む」ということがあってもいいのではないか?

大竹伸朗のスクラップブックも1冊展示してある。と思ってよく見たら野原健司という別の作家の作品だった。まあ形式的に似てしまうところの出やすい作品ではある。そう思って見渡すと、すべての作品がどこか別のところで見たことがあるように見えてくる既視感の強い展覧会でもあった。

※展示はすでに終了している。
http://www.g-yamaguchi.com/exhibition/bookart/bookart.html
by hrd-aki | 2010-11-03 00:39 | レポート

伊賀美和子個展「悲しき玩具ーThe Open Secret」

写真作家・伊賀美和子の個展が東京のベイスギャラリーで開催されている。初日(10月1日)のオープニングに顔を出してきた。

ベイスギャラリーは僕の以前の職場で、在籍時には伊賀さんの海外初個展をソウルでコーディネートしたこともある。伊賀さんは小さな人形やフィギュアを使って現代社会の人間関係や欲望を戯画化した作品を一貫してつくり続けている。ご本人もとてもチャーミングな女性だ。

前回のベイスギャラリーでの個展は、グラムブックスから発売されたフォトブック「Madam Cucumber」の発売に合わせた出版記念展的な性格もあったのが、今回は純粋な新作展。英語の詩の一節に合わせたりそこから敷衍させたりした場面を描写していた前回の作品群から比べると、イメージが言葉から離れて拡散し、自由に展開しているように見受けられる。作家自身の分身とも言える「マダム・キューカンバー(きゅうり夫人)」の物語を踏襲した作品も見られるが、それとは関係のない図像や登場人物(人形)も立ち現れてきて、物語世界は広がりを増している。同時に、より残酷で陰惨な光景も直截的に提示されるようになっている。

必死で深刻かつユーモラスな人形たちの所作や、赤裸裸な場面を「救いようがないなあ」とニヤニヤ笑いながら見ていて、しかしそこに「救いようのない」自分の一部分を見つけてヒヤッとする、そんな力はより強くなっているように思われた。

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展示は11月10日まで。日曜休廊。
http://www.basegallery.com/
by hrd-aki | 2010-10-17 02:11 | レポート

鈴木崇個展「BAU」

京都は三条河原町、飲食店街のど真ん中(階下には韓国焼肉のお店!)という面白い立地のオルタナティブスペース/ギャラリー「RADLAB」にて開催中の鈴木崇個展「BAU」をオープニングの日に見た。

今回初めて訪れたRADLABは、建築をテーマにした研究会やワークショップ、展示などを企画しているRADというグループが運営しているスペースで、建築の展覧会や建築絡みのアート展などを定期的に開催している。RADはResearch for Architectural Domainの略で、LABはLaboratory。

Super Window Projectという京都の画廊との共同企画だという今回の展示。写真作家・鈴木崇の作品は東京国立近代美術館のグループ展などで見たことがあったけれど、今回は新しいシリーズらしく、いろんな色と形をした食器洗い用スポンジを組み合わせて建物、あるいは建築マケットに見立てた写真の連作が展示されている。ひとつひとつの作品は10センチ程度の小ささで、厚さ2センチくらいのパネル仕立てになっているのでそれ自体が直方体の黒いスポンジのようにも見える。プリントも梨地調のマットな特殊な印画紙を使用していて、「何かを写した映像」としてではなくそれ自体が「モノ」として提示されている、とも言える。

真実を写すという文字通りの(あるいは文字通り的方向性の)写真ではなく、イメージ(画像)が想起させるもの、何かを見た時に人が何をイメージ(想像・連想)するのか、といったあたりの問題を追究した作品づくりがこの作家のテーマのようで(非常に雑駁なまとめだけど)、そのあたりがよく表れている作品であり展示だと思う。コンセプトはさておいても、ひとつひとつ異なる小さくカラフルなフォルムが集積され整列している様は熱帯原産の甲虫の標本を見るようでもあり、なかなか魅力的だった。見る楽しさと読み解くことの深さのバランスが良く、いい意味でわかりやすい。

建築との関わりという視点にこだわれば、プリントを1メートル、いや2メートル以上の大きさに引き伸ばして、距離感覚や空間感覚を揺さぶるような展示も見てみたいと思った。そうなると作品が全く異なる文脈に置かれることになるのかもしれないが。

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「BAU」展示は7月25日まで。

http://radlab.info/
http://exhibition.radlab.info/
by hrd-aki | 2010-06-29 01:59 | レポート