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京都・鞍馬口の現代美術ギャラリーHRD FINE ART(www.hrdfineart.com)のディレクターによるアート関係諸々ブログ。時にはアートと無関係な話題もあります。気が向いたら更新。
by hrdfineart
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カテゴリ:雑感( 42 )

美術評論家と写真評論家

世の中にはありとあらゆるものについての評論家が職業として存在する。
美術ももちろんその例外ではなく、大きく括ると美術評論家という母集団があって、それぞれが得意とする持ち場というかポジションに就いて、評論活動を行っている。評論の対象になるのは、ほとんどの場合現在進行形で進んでいる物事・事象・社会活動なので、美術評論も現代美術ないしは現在の美術がその対象になっている。古美術の専門家や研究者というのはいても、古美術評論家という職業を聞かないのは、古美術が(あるいはもっと正確に言えば古美術の発生が)現在進行形ではないからだ。

得意とする持ち場、ポジションについては、それが日本の美術であったり、欧米の美術であったり、アジアの美術であったり、その中でも中国の美術であったり東南アジアの美術であったり、あるいは絵画、立体、インスタレーション、ビデオ、写真、身体パフォーマンス等々のメディアであったりする。

ここでふと素朴な疑問を感じるのは、世の中には「美術評論家」とは別に「写真評論家」というジャンル(あるいはフィールド)が存在するらしい、ということだ。ジャンルというより肩書きと言ってもいいのかもしれないが、美術評論家と並立して、写真評論家と呼ばれる人々がいる。そして、写真評論家は美術評論家の単なる一サブジャンルではないようだということも、絵画評論家とか彫刻評論家とか版画評論家とかインスタレーション評論家という用語はほとんど耳にしないことから何となくうかがえる。

そもそも現代美術においてはクロスメディア・マルチメディアの表現者が多く、媒体の違いにはあまり大きな意味を与えられていない。にもかかわらず、の「写真評論家」なのだ。
これは日本に限った現象なのかどうか、浅学にして他の国の事情はよくわからない。わからないながらも、いろいろな付帯的疑問符が浮かび上がってくる。美術評論家でありながら写真を得意分野とする人は写真評論家ではないのか? 写真評論は一般の人々が撮影した旅先の記念スナップをもその評論の対象とするのか? 雑誌などのコマーシャル写真も評論の対象になるのか? 報道写真は? 写真評論は写真と大変近しい関係にある映像作品はその守備範囲としないのか?

少なくとも絵画の展示やインスタレーション展示を記録した写真を評論した文章は今まで目にしたことはないし、アーティストのプロフィール写真を論じた文章にも出会ったことはない(後者なんか誰か書いたら面白いと思うんだけど)。写真と美術との関係を考える上で(あるいは美術としての写真を考える上で)、「写真家」や「写真展」というタームも分析対象として興味深いけれど、「写真評論家」という分類も非常にいろいろなものを含んでいるなと思いながら、特に結論めいたものはないままこの項はとりあえず終わり。
by hrd-aki | 2010-06-17 17:34 | 雑感

アートフェア京都

京都で初のホテルアートフェアと銘打った「アートフェア京都」が開催された。
いまやひとつのトレンドとなった感もある日本のアートフェア。京都には現代美術のマーケットが存在しないとも言われているが、そこにある新しい流れを呼び込もうという意図のはっきりしたイベントで、その意欲は評価されてよいのだろうと思う。

アートフェアそのものについては、内容的に何か特筆すべき新しいものが見られたわけではないので特に取り上げないが、このイベントについて書かれたインターネット上のニュース記事について一言書いておきたい。何だかとてもがっくりしてしまったからだ。

以下が件の紹介記事。「烏丸経済新聞」というニュースサイトに載っていた。

***

http://karasuma.keizai.biz/headline/1058/
「京都にいる表現者のために美術業界の中で新たな市場経済を作り、作家を育てたい」という同フェア実行委員会代表・石橋圭吾さんの思いから生まれた同フェアは今回が初の開催となる。京都の現代美術ギャラリーを中心としながら、東京や名古屋など各地方のギャラリーも含み、コマーシャルギャラリーの多い東京と、企画や貸しを中心としたギャラリーの多い京都の美術市場の違いと文化の魅力を紹介する。「京都は狭い街なので縁がつながりやすく、表現者を身近に感じやすい。自分自身の目で面白いものを確かめられ、直接触れ合えることが魅力であることを伝えたい」と石橋さん。

***

僕が驚愕したのは、「コマーシャルギャラリーの多い東京と、企画や貸しを中心としたギャラリーの多い京都」というくだり。わかる人には説明しなくてもわかってもらえると思うけれど、日本では「企画画廊」というのは展示を通じて作品を売買する「コマーシャルギャラリー」のことであり、「貸し画廊」は美術の展覧会に特化したレンタルスペースのことだ。そもそも並列に論じることのできないはずの2つの業態をひとまとめにして、それが多い京都、などと総括されても何を言っているのかさっぱりなのだ。レンタルスペースでありながら時々コマーシャルギャラリーのような振る舞いをする「半企画」という奇妙な形態もあって、京都では有力・老舗画廊と見なされているギャラリーのほとんどがこの「半企画」だと言われているが、もしもそのことを言いたいのであればはっきりそう書けばいい。

また、そもそものコトバの定義として、コマーシャルギャラリーに対立する存在は公的な美術館やギャラリーであったり、非営利のオルタナティブスペースであったりするわけで、「貸し」であろうが「企画」であろうが「半企画」であろうが、そこで作品を販売する以上は「コマーシャル」と呼ばれるべきだろう。

この記事のもうひとつの問題点は、「コマーシャルギャラリーの多い東京」という稚拙な認識だ。「貸し」や「企画」や「半企画」が多いというのは、何も京都に限った事象ではない。東京の画廊・ギャラリーの大半は、程度の差こそあれ、貸し画廊=レンタルスペースとしての性格を持っている。何百というギャラリーがある東京で、純粋なコマーシャルギャラリーなんてほんの数十軒しか存在していないはずだ。

このあたりの基本的認識の正確性を期すことなく無批判な紹介記事を書いても、美術市場にとっては何のプラスにもならない。残念ながら。
by hrd-aki | 2010-05-11 06:58 | 雑感

京都移転

HRD FINE ARTは京都に移転いたしました。
上京区の静かなエリアに位置する、築80年以上という古い町家です。
今までどおり自宅兼事務所という体裁ですが、ちょっとしたビューイングスペースも兼ねたオフィスになります。小さなウィンドウギャラリーも計画しています。

http://www.hrdfineart.com/contact.html
by hrd-aki | 2010-02-27 18:15 | 雑感

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
旧年中は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます。

ブログも出来る限り更新していくつもりですので、よろしくお願いいたします。

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by hrd-aki | 2010-01-02 00:42 | 雑感

極細かりんとう風イルミネーション

大阪・御堂筋のイチョウ並木のイルミネーションが始まった。特にわざわざ見に行ったわけではないけれど、ちょうど近くに用事があったので目にすることができた。

大阪府の橋本知事の大号令で始まったというこのプロジェクト。人を集めて盛り上げて大阪の景気を良くしようという動機は大いに買うべきだと思うけれど、どうにも「美しくない」のが気になった。ニュース映像で見ていても思わず笑ってしまったのだけれど、実際にその場に立って見ても滑稽な印象は拭えなかった。
イチョウの木の幹だけにLEDを絡みつけているから、光る棒がひょろひょろと立ち並んでいるようにしか見えない。普通、並木を活かしてイルミネーションをつくる場合には枝も使って広がりと奥行きを持たせるようにするものだと思うけれど(少なくとも僕がこれまで見てきたものでは例外なくそうだった)、イチョウの木の場合にはそれが技術的に難しかったのか、あるいは別の積極的な(美的な、デザイン的な)理由があってこうしたのか。ニュースで聞いた限りでは、イチョウ並木の効果的なイルミネーションについて1年間研究した結果がコレだというけれど、それが本当だとしたら「美しくできないからやらない」という結論もありだったのではないかと思う。

イチョウの幹は比較的まっすぐ上に向かって伸びるものだけれど、しかしそれでも自然の産物だから90度直立というわけにはいかない。太さもいろいろだし、曲がり方も不揃いだ。そこに「LEDの菰巻き」がぴったりと密着しているから、輪郭の不規則さが極端に目立つ。
オーガニックな感じがいいと言えばそうなのかもしれないが、しかしやはりそこに感じられるのは「木にLEDをくっつけて光らせました」という、工夫も愛情もない無粋さだけだ。僕はこういったイルミネーションは嫌いではないけれど、そんな僕でももう一度行って見たいとは思わないし、人を呼んで見せたいとも(ハナシのネタとして、ということを除けば)思えなかった。

こういったパブリックプロジェクトにこそ、アーティストの果たす役割があると思うのだけれど、水都大阪とかにはお呼びがかかっても御堂筋のイルミネーションには声がかからないのはなぜなのだろう? 御堂筋の土地の空気を汲み取り、より魅力的な空間へと変化させる演出のアイディアは、国内外問わずインスタレーションのアーティストに求めてきっと得られるものだろうし、それは企画として(話題性も含めて)より広がりを持つに違いない。

予算の問題はもちろんあるのだろう。でも、ニューヨークのセントラルパークのクリスト&ジャンヌクロードの旗プロジェクトなどのことを思うにつけ(実際に見たわけではないけれど)、この国のアート、及びアーティストの置かれた立場について思いを巡らさずにはいられなかった。

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by hrd-aki | 2009-12-16 02:29 | 雑感

茂木健一郎氏のブログ

茂木健一郎氏のブログで、荻野夕奈の熊本での個展「小さな庭にあるもの」を取り上げてくれた。
ブログを見て展覧会を見に来てくれた人もいるようで、とても嬉しいことだ。

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2009/11/post-c2df.html

※展示は23日で終了しました。
by hrd-aki | 2009-11-27 18:52 | 雑感

熊本・河原町のこと

熊本市の河原町と呼ばれる一画は、もとは繊維問屋街として栄えていたところだという。今では問屋や店舗はほとんどすべて姿を消し、シャッター商店街も通り越して半ば廃墟のような趣も漂っている。レンガやコンクリートブロックを使った、建築史的にも産業史的にもおそらく面白い史料となるであろう長屋風の建物が狭いアーケードを形成し、ひとつひとつの店舗の間口は小さく、ほぼすべて2階が住居として使われていた。見上げると、プラスチックの波形トタンをいい加減につなぎ合わせた天井=屋根がなんとも頼りなく、同時にたくましくも見え、この場所が経てきた歴史を物語っている。

「今では」と書いたが、「半ば廃墟」というのは今から5、6年くらい前までの話で、その頃から河原町はいわば第二の人生を歩み始めたといっても過言ではないと思う。ギャラリーやクラフトのショップ、アーティストの工房やアトリエが入居しはじめ、かつての問屋街はそのゲニウス・ロキ(地霊)を汲み取りながら「クリエイターの街」として新たな装いをまといはじめたからだ。

11月に荻野夕奈の個展を開催するギャラリーADOはこの河原町にあり、位置的にも機能的にもその中心となっている。オーナーの黒田さんは、河原町のアート活動を推進する「河原町文化研究所」を率いる中心人物だ。ここももともとは衣料品の卸問屋兼住居だったところで、現在は1階はカフェバー、居住スペースだった2階が展示スペースとなっている。

熊本市立現代美術館という良質な現代美術館があるにもかかわらず、市内には河原町以外に現代アートの企画ギャラリーはほとんどないというし、熊本も(日本の他の場所と変わらず)現代美術やアートが盛んな土地柄ではないようだ(そんな土地がいったい日本に存在するのかどうか、そもそも疑問だけれど)。「アートっていうとそれだけで敬遠されてしまうところがあるから、カフェとして営業することでとにかく敷居を低くして、まずは入口としていろんな人に興味を持ってもらいたかった」と黒田さんも言う。そんな狙いは着々と成果を挙げつつあるようで、今年8月にはインスタレーション作家の大巻伸嗣を招いてアートイベントを開催するなど、「クリエイターの街」の活動は奥行きと広がりを増している。

何よりもこの場所に染み着いた歴史、そしてほとんど問屋街という機能だけを果たすためにつくられ、今ではその機能を剥奪された建築の持つ力は、他では得難いものだろう。僕は9月にここを初めて訪れたのだけれど、現代アートの舞台として大きな可能性を持った場所だと思った。そんな場所で荻野夕奈の作品がどのように見えるか、またどう見せられるか、今から楽しみだ。

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レンガやコンクリートブロックの建物。

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中はこんな感じ。

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ギャラリーADOの1階、カフェバーのスペース。

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展示室内。上薗隼という彫刻作家の個展が開催中だった。鉄や廃材を使ったインスタレーション展示で、立体的な空間の活かし方が印象的。

***

河原町のウェブサイト
http://www.kawaramachi.net/
by hrd-aki | 2009-10-16 23:52 | 雑感

地方文化通信:犬島アートプロジェクト (3)

(2)からのつづき

ベネッセアートサイト直島とは、ベネッセと直島福武美術館財団が直島で運営するアート活動の総称だ。世界的な建築家である安藤忠雄が建築デザインを担当し、ジェームズ・タレルやウォルター・デ・マリアなどの永久設置作品を展示する「地中美術館」が、そのキーフレームとして機能している。「ベネッセハウス」はアートをふんだんに取り入れた美術館のような宿泊施設であり、また「家プロジェクト」は島内の様々な場所に著名なアーティストを招き、サイト・スペシフィックな作品制作を依頼するという活動だ。これらすべてが総合的に組み合わされて、直島は芸術文化のユニークな発信地へと成長してきた。

このほか、まだ詳細は公表されていないが瀬戸内海の別の島で新たな美術館建設の構想もある。また「瀬戸内国際芸術祭」(仮称)という、フェスティバルの開催も計画されている。これは2010年に第1回が開催される予定だという。

このようにベネッセと直島福武美術館財団の活動の全体像の中で見ていくと、犬島のプロジェクトも、単にひとつの過疎の島を観光開発し、金と人を呼び込もうというような一話完結的な話ではないことが理解できる。ひとつひとつのプロジェクトは、瀬戸内海地域全体に大きな文化的なうねりを生み出そうとするグランドデザインの一部なのだ。すでにエリア近隣に点在している大原美術館(岡山県倉敷市)やイサム・ノグチ庭園美術館(香川県高松市)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川県丸亀市)などのアートスポットをもネットワークし、アートを軸とした「瀬戸内海文化圏」とも呼べるようなものを構築しようという、壮大な計画の姿も浮かび上がってくる。

さらに見逃すことができないのは、行政がイニシアチブを取って展開するプロジェクトと違い、経営の視点が常にそこにあるということだ。直島の事例にも見られるように、美術館の建物をひとつ建設するだけで完結するのではなく、建築そのものにも価値を持たせ、また町の中にも作品を点在させ、さらには宿泊施設などのインフラも整備することにより、訪れた人々が滞留し、循環できる仕掛けをつくる。犬島でも同様に、グッズなどを販売するストアや、食事もできるカフェが用意されている。ただ単にアート作品を見せるだけの場ではなく、また施設が完成したらそれで終わりでもない。新しいプロジェクトを次々と立ち上げ継続させていくことで、リピーターを増やす工夫も絶えず行われている。

私企業に支えられた組織だからこそ実現できた総合的かつ長期的なプロジェクトの数々は、バブル経済崩壊後の予算削減に苦しんだ公立美術館のあり方とは一線を画すものであり、しばしば「ハコもの行政」と揶揄される日本の文化政策に対するアンチテーゼとして捉えることもできるだろう。



犬島アートプロジェクトは、日本の中でも経済的に取り残されている感のある中国・四国地方、瀬戸内海地方という地域の特殊性、またベネッセという地域に根差した企業の存在、またビジョンを持った行動的な経営者である福武總一郎の存在を抜きにして語ることはできない。氏が、新潟県の里山を舞台に開催される国際アートフェスティバル「大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレ」を積極的にサポートしていることも、東京などの中心からではなく、地方をネットワークすることによって新たな文化的価値を創造し、情報を発信していこうという強い意思の表れとして理解することができるのだ。

新たな展開を次々と繰り出し、成長し続ける瀬戸内海のアートムーブメント。犬島アートプロジェクトは2010年の夏に第2期の一部の公開を予定している。

(了)
by hrd-aki | 2009-09-16 01:32 | 雑感

地方文化通信:犬島アートプロジェクト (2)

(1)からのつづき

犬島アートプロジェクトは、島の景観を日本の近代化の遺産として保全しながら、島全体を現代アートの美術館として再開発していくというプロジェクトである。2008年4月から公開が始まった第1期のプロジェクト「精錬所」は、アーティスト・柳幸典と建築家・三分一博志のコラボレーションによる、建築とインスタレーション作品が一体化したプロジェクトだ。

柳幸典は1959年福岡県の生まれ。1993年にヴェネツィア・ビエンナーレのアペルト部門を受賞し、生きたアリが、砂でつくられた万国旗の中を移動する仕掛けで物議を醸したインスタレーション作品「ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム」などで国際的にも知られている。国家や社会制度、経済システムなどを正面から取り上げ、それらがはらむ問題を鋭く追究してきた。一方、建築を担当する三分一博志は1968年生まれで、まだ若手と呼ぶべき世代の建築家だ。環境との共生を志向した作品で近年注目を集め、犬島のプロジェクトにも抜擢された。

「精錬所」における三分一の建築は、工場遺構を積極的に利用し、また周囲の環境と調和することを中心的なテーマとしている。もともとあった精錬所の巨大な煙突を建物の空調に活用し、また銅精錬プロセスの副産物であった「カラミ煉瓦」(*)や、島で産出する犬島みかげなど、犬島に由来する材料を象徴的に用いることで、歴史や環境を巧みに取り込んでいる。犬島の環境に合わせた植物による植栽や、植物の力を借りた水質浄化システムなど、先進的な環境システムの構築は、岡山大学の環境理工学部の全面的な協力により実現されたものだ。

(*…カラミとは、銅を精錬する際に副産物として発生する銅スラグ(鉱滓)の俗称であり、カラミ煉瓦はそれを固めてつくった建築材料である。犬島では銅の精錬のプロセスで大量に産生するカラミを使った煉瓦が工場などの建物材料として数多く使われていた。)

三分一の設計による「精錬所」の中に組み込まれる柳幸典の作品は、「ヒーロー乾電池」と名付けられている。犬島の歴史的遺産と、それが象徴する近代日本の様々な問題を、5つの部屋で提示した、サイト・スペシフィックなインスタレーション作品だ。日本の近代化の矛盾に対して警鐘を鳴らし、社会に衝撃を与えた小説家・三島由紀夫が生前暮らしていた東京都渋谷区の家の解体によって出た廃材を作品に組み込むなど、今後の日本や日本人のあり方について観る者ひとりひとりが思いを巡らすための場がつくり上げられている。



このように大規模で、かつ実験的・先進的でもあるプロジェクトが、東京や横浜、大阪といった、安定した集客が見込め、またアートに対する受容の土壌が整った場所ではなく、瀬戸内海の犬島という非常に限定的で特殊な場所で実現されているということの意味、またそれを運営する福武總一郎(直島福武美術館財団理事長、ベネッセコーポレーション会長兼CEO)の狙いは、どういったところにあるのだろうか。

ベネッセは1955年に福武書店として岡山市で創業された。現在ベネッセの会長を務め、直島福武美術館財団の理事長でもある福武總一郎の父・福武哲彦が創業者だ。教材制作などからスタートし、小学生向けの通信添削講座「進研ゼミ」によって全国的に知名度を高めていった。1995年にベネッセコーポレーションに社名を変更してからは、その社名の意味する通り(イタリア語で「bene」は「よい」、「esse」は「生きる」を意味する)、「よく生きる」という価値観を社会に浸透させることを目指し、教育、語学、福祉などの事業を幅広く推進している。今では日本を代表する企業体のひとつと言えるだろう。

一方で、現在も本社を岡山県岡山市に置いていることからもわかるように、ベネッセは創業の地である岡山に深く根差し、地域振興にも多くの力を注いできた。「福武教育文化振興財団」は岡山の教育・文化振興を支援することを目的とした財団であり、多くの助成活動を行っている。また、ベネッセが直島福武美術館財団とともに運営し、国際的にも高い評価を受けている「ベネッセアートサイト直島」の活動は、所在地こそ岡山県ではなく対岸の四国・香川県に属する島だが、瀬戸内海地域そのものの注目度を高めることに大きく貢献している。

(3)につづく
by hrd-aki | 2009-09-16 01:27 | 雑感

地方文化通信:犬島アートプロジェクト (1)

韓国の仁川(インチョン)文化財団が発行している隔月刊の文化批評雑誌「플랫폼 PLATFORM」に、「犬島アートプロジェクト」についてのレポートを執筆する機会をいただいた。サブタイトルとして「Asia Culture Review」を標榜するこの雑誌は、美術から音楽、映画、演劇、文学まで幅広くカバーし、韓国語のみではあるものの日本や中国の展覧会やイベントも取り上げている。

掲載されたレポートは韓国語(僕が書いた日本語の原稿を翻訳者が訳してくれたもの)なので、原文の日本語のレポートをここにアップしておこうと思う。掲載の韓国語バージョンには「アートと経営のオーケストラ」というタイトルがついている。内容的にも韓国の読者を意識していることを前提として読んでいただきたい。

ちなみに朝鮮戦争の上陸作戦の舞台としても知られるインチョンは、現在ではソウルに次いで韓国第2の都市だ。国際空港を抱え、ソウルのサテライトシティとしての位置づけを越えて経済文化面でも発展を続けている(リーマンショックまでは、ではあるけれど)。あとは海鮮がおいしい。

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***

地方文化通信「犬島アートプロジェクト」

「犬島アートプロジェクト」は、アートを導入した地域振興・再開発プログラムの先進事例だ。建築とアート、環境と歴史など、いくつもの要素を組み合わせ、新たな文化発信を志向するこのプロジェクトは、「ベネッセアートサイト直島」などですでに国際的にも高い評価を得ているベネッセコーポレーションおよびその関連財団である直島福武美術館財団による、新たな活動として注目を集めている。直島とは共通点も異なる点もある、この「犬島アートプロジェクト」についてレポートする。



犬島は中国地方、岡山県岡山市に属する犬島諸島の一部をなす島であり、本州、四国、九州という3つの島に囲まれた瀬戸内海の東部に位置する。犬島諸島は本州から約2.5キロメートルという比較的近距離にあり、犬島のほかに4つの小さな島を合わせ、5つの島で構成されている(そのうちのひとつ、犬ノ島には、うずくまった犬の姿に似た巨石「犬石様」があり、犬島の名前の由来となっている)。諸島中最大の島である犬島も、面積は0.6平方キロメートルと小さく、現在の人口は約55人。島民の平均年齢は75歳で、過疎化・高齢化が極端に進行している土地でもある。

元来良質な花崗岩(「犬島みかげ」と呼ばれる)の産地であり、犬島から切り出された花崗岩は江戸城や大阪城などの石垣にも用いられた。その後、銅を精錬する施設がこの犬島に建設されたのが1909年のこと。原料の海上輸送の利便性や、銅の精錬時に発生する煙害対策のため、当時瀬戸内海上には多くの銅精錬所がつくられたが、犬島もそうした島々のひとつであった(ちなみに、直島も銅精錬所によって発展した島であり、1917年に創業した三菱の銅精錬プラントは現在もなお稼働している)。

大規模な銅の生産を背景に人口も急増し、住宅や飲食店、娯楽施設なども多く建設され、犬島は賑わいを見せた。しかし、銅の国際価格の暴落により生産量は急減、犬島の精錬所はたった10年間稼働しただけで1919年に閉鎖された。島からは人が去り、精錬所の工場建築群も放置され、長い年月の間にただ朽ち果て、徐々に崩壊しながら現在にいたっている。工場の遺構や巨大な煙突などが、富国強兵と重工業化を押し進めた時代のいわば標本として、独特の景観を形成している。

近年、10年ぐらい前からは観光を軸にした島おこしの動きが始まり、海水浴場、キャンプ場なども整備され、「廃墟ブーム」も手伝って観光客を引きつけてきた。2002年には「犬島アーツフェスティバル」の舞台となり、また若手アーティストのグループによるアートイベント「犬島時間」も2004年から毎年開催されるなど、アートと産業遺構を活用した再開発が進んでいる。



こうした動きを背景に、直島福武美術館財団が「犬島アートプロジェクト」のスタートとなる第1期の施設「精錬所」の建設を開始したのが2007年のこと。これよりも10年ほど前から犬島の歴史や風土に注目し、アートプロジェクトの構想を練っていたというから、長期的な視野で慎重に計画されてきた事業であることがうかがえる。

(2)につづく
by hrd-aki | 2009-09-15 20:14 | 雑感