京都・鞍馬口の現代美術ギャラリーHRD FINE ART(www.hrdfineart.com)のディレクターによるアート関係諸々ブログ。時にはアートと無関係な話題もあります。気が向いたら更新。
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やぶれかぶれでどろどろとして情念的で粘着質ではないものについての評論について

2013年10月号は大竹伸朗特集だったので久々に「美術手帖」を買って読んでみた。大竹節とも呼ぶべき作家本人の言葉にはやはり格別な説得力がある。圧倒的に面白い。そしてせっかく買った雑誌なので他の記事、特に展論のページなどにも目を通してみた。そして、何ともがっかりしてしまったのであった。

がっかりした理由はいろいろあるのだけれど、そのひとつが「REVIEWS」という展評コーナーの評論文の一本で、五十嵐太郎という建築史・建築批評家が書いた「『具体』の揺れ動く幾何学の絵画」と題する文章だ。五十嵐氏はあいちトリエンナーレ2013の芸術監督を務め、地元紙記者による「酷評」にツイッターで反論した件の人物である。僕は個人的には面識はない。

「宮城県美術館で開催されているゴッホ展を見に行ったら、むしろ同時開催されていた小企画展の菅野聖子が素晴らしく、その印象が強く残った」という一文で始まるこの小文は、他の評論文と比べても特にひどいものだった。論旨らしきものが存在しないのはその紙幅の制約から仕方がないとしても、内容が適当すぎる。仮にも国際美術展のディレクター的な立場にある人物が美術専門雑誌に寄稿する美術評論文として、本当にこれでいいのかと唖然としてしまうような代物だったので、ところどころ抜き書きして批判めいたことをしてみようと思う。まずはこの部分。

〈……なるほど、具体美術協会に関わっているが、あまり具体美術協会的でもない。具体は明快なスタイルが定義されるわけではないが、筆者の私見では、やぶれかぶれであったり、どろどろとした情念的なものを感じる。とくに海外で日本の現代美術を見ると、そうした傾向がより際立つように思う。また具体は後に、ミシェル・タピエにより「発見」され、日本版の抽象表現主義的な作品に回収されている。
だが、菅野の作品にはこうした日本的などろどろとした暗いものがほとんどないのが特徴である。……〉

具体には明快なスタイルがないと認めながら、返す刀で「やぶれかぶれ」で「どろどろ」で「情念的」という「私見」を披露する。そしてそれが次の段落では「こうした日本的などろどろとした暗いもの」と「私見」を超えた普遍的な定説であるかのように語られている。その間に挟まった一文の「とくに海外で日本の現代美術を見ると」というところでは、具体の名前すら消えて「日本の現代美術」一般の話になってしまっている。しかも「海外で見ると」ときた。これは宮城県美術館の企画展の話なのではないのか? 一体何をおっしゃっているのだろうか?

具体が「やぶれかぶれ」で「どろどろとした情念的なもの」であるという五十嵐氏の「私見」も、具体のどこを見るとそのような解析や結論が生まれるのかさっぱりわからない。「どろどろとした」というのは例えば白髪一雄や元永定正の初期の絵画のことだろうか? 確かに彼らの描く画面上では絵具はどろっとした質感を見せているが、それを「どろどろとした」と形容するのはちょっとおかしい。白髪の制作手法はむしろ情念的なものを排除し身体性を前面に押し出した成果と見るべきだろうし、元永の作品もまた絵具の物質性に寄り添った実験と見るのがしかるべきだと思う。それに、具体の中心人物である吉原治良の後年の「円」のシリーズに「やぶれかぶれ」や「どろどろ」を、どうやったら見出せるのか教えてほしい(待てよ、「やぶれかぶれ」は多少当たってるかもしれないな)。五十嵐氏の中ではもしかすると具体とネオ・ダダや九州派がごっちゃになってしまっているのでは、という疑念すら沸く。

具体を規定する特定のスタイルが存在しないのは、その成立の経緯からしてもそれこそ明快な事実である。それを、自分が持っている根拠薄弱な固定観念から(それを今一度、簡単に検証することすらせずに)「具体はやぶれかぶれのどろどろしたスタイルなのに、具体らしくない具体の作家の作品を見た!」という印象だけで書き切ってしまった、これは展覧会感想文なのだろう。それが美術専門雑誌に載ってしまうという状況が悲しみを誘う。

上に引用した部分の直前にもかなりすごいことが書いてある。

〈……昨年以来、国内外の大型の回顧展によって「具体」の再評価が進むなか、女性作家と言えば、田中敦子のイメージが圧倒的に強い。しかし、今回の小企画展は、菅野のような強度をもった女性アーティストがいたことをきちんと教えてくれる。……〉

具体の中でも傑出した存在であった田中敦子が強いイメージを持っていることについては疑義を差し挟む余地はないが、田中敦子の名前を挙げたあとに「しかし……菅野のような強度をもった女性アーティストがいた」と書いているということは、五十嵐氏の中では田中敦子は強度を欠いた女性アーティストだという評価なのだろう。「強度」が何を指すのかがそもそも曖昧にすぎるし、女性アーティストであることをことさらに切り口にして二人を並べることの意図も理解に苦しむ。あるいは田中敦子が菅野聖子に対する比較対象ではないとすれば、五十嵐氏が考える、具体の、強度を欠く女性アーティストとは誰と誰のことなのか、是非とも教えてもらいたい。なぜなら、消去法で考えれば、彼ら(彼女ら)こそがやぶれかぶれでどろどろとした情念的なものを感じさせる日本的なアーティストであるに違いないからだ。

さらに引用。

〈……作品タイトルからレヴィ=ストロースの影響もうかがえる。抽象的な形態を使う視覚詩にも挑戦した。そうした意味で個人の内面を文学的に表出するタイプではなく、理科系のアーティストと言えるかもしれない。……〉

レヴィ=ストロースの影響というのは、図版に挙げられている作品の《レヴィ=ストロースの世界Ⅲ》というタイトルから来ているのかもしれないが、これをもって(これだけではないにせよ)理科系と言ってしまう神経が知れない。僕は別にレヴィ=ストロースに詳しくはないけれど、社会人類学の泰斗には理科系とか文科系とかいった区分けが似つかわしくないことぐらいはわかる。何なんだこの雑な感じは。

最後に結びの部分を引用するが、ここにいたってはすごすぎてコメントのしようがないのでコメントしない。

〈……あまり粘着質の日本的なものを感じさせないのも、普遍言語の数学や幾何学への関心ゆえだろう。クールでカッコいい絵画である。〉

おかしな部分を恣意的に抜き出して批判のための批判をしているだけだろう、と思われる向きには、是非「美術手帖」2013年10月号を手に取って170ページを一読することをおすすめしたい。本当に何の分析も資料的・史料的裏付けもなく、思い込みと感想だけで書き散らかした文章としてしか読めないことがきっとおわかりいただけるはずだから。具体の関係者はすでに鬼籍に入ってしまった人がほとんどなので、反論される心配もないと思ったのだろうか。こんなものを平気で活字にできてしまう「批評家」が、自らが統括したイベントに対する新聞記者の批判には「事実に基づいていない・敬意に欠ける」などと大上段から攻撃できてしまうんだなあ、という驚きも手伝って、余計にがっかりしてしまったのであった。

それにしても、「クールでカッコいい絵画」って……。

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by hrd-aki | 2013-12-09 01:01 | 雑感